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桔梗のお寺  天得院

一澤信三郎帆布で買い物をしたあと、コンサートまで時間があったので東福寺に向かいました。
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東福寺は本当に久しぶりの訪問です。
東福寺の最寄の駅は京阪特急が停まらないので、ついスルーしてしまって、行く機会を逃していました。
今回、初めて車で京都市内に行ったので島本町に向かう途中に東福寺の近くを通るので久しぶりに行こうと思ったんですね。
私は京都市内へは車で行かないと決めていたんです。
というのは京都市内の道路はいつも混んでて時間が読めないし、駐車場にも困るからなんですね。
今回は買い物をして荷物を持ったままコンサートに行くのがイヤだったので車での入洛になりました(^^)
京都市内はシーズンオフなのか、思いの外道路は空いていました。


東福寺にも塔頭がいくつかあるのですが、普段は非公開で桔梗と紅葉の季節だけ公開している天得院に行きました。
天得院は、万松山と号し、南北朝時代の正平年間(1346~1370年)に、東福寺第三十世住持 無夢一清(むむいっせい)禅師が開創した東福寺五塔頭のひとつです。その後は、衰微していましたが、中興 大機慧雄(だいきえゆう)禅師により再興されました。
慶長19年(1614年)に東福寺第二二七世 文英清韓(ぶんえいせいかん)長老が住菴となり、豊臣秀吉や秀頼の五山の学僧として手厚い扱いを受けていました。そして、秀頼の請に応じ、方広寺の鐘銘を撰文することになりました。この鐘銘中に「国家安康君臣豊楽」の文字があり、家康を引き裂き豊臣家の繁栄を願うものとして家康に難詰され、天得院は取り壊されました。
堂宇は、その後、天明9年(1789年)に再建され、明治元年(1868年)には、山内の塔頭、本成寺を合併し、現在に至っています。
現在墓地には、普円国師の無縫塔をはじめ、文英清韓長老、東福寺二四二世南宗祖辰和尚等の墓も現存しています。
桃山時代に作庭されたとされる庭園は、昭和43年中根金作師の指導により一部補修され、現在に至っています。びっしりと杉苔に覆われた枯山水の庭に、凜と咲く桔梗の青や白の花が美しく、桔梗の寺として知られるようになりました。(HPより)

桔梗は五分咲きくらいでした。
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お庭を眺めながらお抹茶とお菓子もいただきました。
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お菓子はもちろん桔梗(^^)
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天得院は初めての訪問でした。枯山水のお庭に桔梗の紫が映えて綺麗でした。


【天得院】
 京都市東山区本町15-802
 TEL:075-561-5239
 JR奈良線、または京阪本線「東福寺」駅下車、徒歩約7分
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テーマ : 京都
ジャンル : 地域情報

コメント

No title

東福寺そのものも素晴らしいですが
魅力ある塔頭がたくさんありますね。

私は個人的には
光明院が一番好きかなぁ…

Re: No title

よっちんさん
東福寺などの禅寺は
魅力ある塔頭が多いですよね。
光明院も行きたかったのですが、
時間の関係で天得院と八相庭園だけ訪ねました。

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椿ひめ 

Author:椿ひめ 
お出かけが好き。
花が好き、写真も好き。
そして美味しいものも大好きです。
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